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みなさんはどんな怖かった経験をお持ちですか?あんまり恐がりでない人はそんな経験は少ないでしょうし、逆に怖い思い出がたくさんあるなんて人もいると思います。
私は心の底からぶるぶるぶるっと来るほど怖かったなと思う経験といえば、若かった頃東京での出来事。
当時私は練馬に住んでいて、新宿によく遊びにいってました。アルバイトも新宿でしたしね。そんなある日新宿のコマ劇場近くを歩いている時に「黒人」に話しかけられたんです。結構体格のいい人でした。そんでなにやら「券」のようなものを配っていました。飲み屋か何かの割引券とかだったんでしょうか?それで私に話しかけてきたんですね。日本語だったんでしょうが何言ってるか解らなかったし、その券にも興味なかったんで、私「あっちいけ」的な意味でシッシッ的なジェスチャーをしたんです。
そしたらその黒人が無茶苦茶怒った顔になって追い掛けてきたんです!
あんなに怒った顔の人初めて見たし、驚いて逃げました。
日本人で怒る人はいます。でも怒ってる顔はしてても、それだけです。怒られても身の安全は保証されています。最悪とっくみあいになっても死ぬことはまずないです。
でもあの時は身の安全は感じられませんでした。だってとにかく強そうだし、怒ってるし、なんというか「やられる!!逃げなきゃ!!」ってホント思いました。ライオンに追い掛けられてる時のシマウマの気持ち。つかまったら勝てる可能性0パーセントの恐怖!
…結局ある程度逃げて、後ろを見たらもういなかったのですが、なんかしばらくゾッとしてドキドキしてました。
学んだことは外国の人が怒ると怖いってこと。あとシッシッってやったらダメってこと。
テレビで見ましたが、芸能人の女性が占い師に洗脳されてしまって、現在は仕事からも遠のいてしまっているそうですね。
怖いですよね。占いって。大の大人が引っかかってしまうんですから。
こういう非科学的なものは嫌いな私ですが、実は一度してもらった事があります。タロットカードを使った占いでしたね。相談したのは仕事のコト。何せ自営業なんで仕事のコトは気になるんです。確か「リズムを続けるべきか否か」と聞いたように記憶しています。
細かいコトは忘れましたが、何度かタロットを引いてそのカードから読み取れる暗示を説明されました。
引いたのは確か「塔のカード」と「法王のカード」でした。
塔のカードについてはこんな説明をされました。
この塔のカードの手前に石が摘んであるでしょう。これはあなたが積み上げたものなんです。そしてこのカードには誰も描かれていないでしょう。誰もいなくても石は摘まれたまま。これは何かをして、それをそのまま状態にしても、やってきたコトは残るんだよ、って意味だから今の仕事を辞めてもあなたのやってきたコトは無駄じゃないって意味だ。
法王のカードについてはこんな説明でした。
法王は学問とか宗教とか政治とか何かの道を追求する道を指すって意味だから、今後違う仕事をするならそんな仕事があなたに向いている。
…で、その後雑談して帰りました。確か1時間4,000円で2時間話したんで8,000円で、1万円渡したら何故かお釣りが出てこなくて「えっ?えっ?」って思って「いやいやいや」みたいに言ったらお釣り出てきた。(笑)
なんかもやもやした気持ちで帰りました。非科学は信じたくないんですがさっきまで話してた人を否定したくないし、お金も払ったし。納得したようなしないような気持ち。
あれから随分経って考え直してみると、カードの意味ってなんとでも言えますよね。
例えば塔のカードなら立っている塔を差して「必ず成功する」とも言えますし、天気が悪い背景を差して「暗雲が立ちこめている」とも言えます。法王のカードだってこれからは何かを追求する道がいいと言われましたが、よく考えてみればどんな仕事だって何かを追求する道なわけですよ。
つまり占いの正体って「探りながらそれっぽい会話を作りだす行為」ってコトなんじゃないかな。そのそれっぽい空気の中で、私がずっと続けてきたリズム=積み重ねてきたモノを壊したくないという気持ち、理屈っぽくて何かを追求して結論出そうとする性格なんかを会話の中で見抜かれていたってことも事実なんでしょう。
結論:占い師の時給4,000円がうらやましい!(笑)
レンタルで見てみて、すごく面白かったので紹介します。ちょっとネタバレ含みます。
主人公はパンダのカンフー使い「ポー」。対する適役はクジャクの「シェン」。ポーはシェン率いる軍団が近くの村を襲ったのをきっかけに、そして自分自身の出生の秘密を知るために、シェンを倒すために旅立ちます。シェンの目的は「大砲」を製造し、それを使って中国を征服すること。シェンを止めないとこの国が大変なコトになる!!ポーはシェンを倒せるのか?ポーの生まれの謎は?ってなストーリーです。
仲間とのおもしろアクションと俊敏なカメラワークで映像にぐいぐい引き込まれます。またギャグもセンスが光っていて、映画始まって初のポーの登場ポーズで間違って逆を向いてしまっておっとっと!も笑ってしまいましたし、最後の大勝負でポーがカッコイイ登場をするも遠すぎて声が聞こえなくて敵に「ハァ?!」と言われてしまったり、お約束のシーンがうまく裏切られていて、いい感じで脱力させられます。しかしストーリー自体は涙が出てくるような切ない話が回想され、笑いに溢れたポーの戦いに「負けられない理由」が生まれます。
脇役も要所要所でうまく活かされていますし、適役のシェンのキャラも立っていました。おそらく、ストーリーの構成を適役のシェンからスタートさせ、ほとんどの流れの中で彼を出すことで、ラストのボスつまり物語の終点を常に見る側に意識させているのかな、と思います。敵がぼやけてしまってはストーリーが不明瞭になりますものね。アクションシーンは前半と後半にバランス良く配置されているので眠くなったりもしません。最後のシェンとの戦いもストーリーの集大成になっていて(ポーが幼い頃の記憶を思い出すことで内なる平和に目覚め、その心でもって敵を倒した)映画の時間内に積み上げられたものの開放になっているところも素晴らしいと思いました。
全体で心にぐっときたセリフは、後半おばばが言った
「はじまりは幸せじゃなかったかも知れないけど
それであんたが決まるんじゃないよ。
その後の方が大切なんだ。」
という言葉です。本当にその通りで、私の仕事のデザインだってそうなんですよね。はじめはヘタでもかまわない。っていうかみんなヘタです。でもそれは重要じゃない。そこから辿ってきた道筋が明日作るであろうデザインを作るのでしょうね。
それにしてもこのカンフーパンダ2、グラフィックもストーリーも音楽もとにかく素晴らしかった。アメリカの会社ですよ。ここまで中国という異文化を表現して、ストーリーの骨芯までアジアンな思想を取り入れて、アクションも立派にカンフーさせて…。ちょっとアメリカ人の創作能力・文化吸収能力。凄すぎって思うんですが…。
![]() 城里町の杉山建築様のホームページを公開しました。
デザイン頑張りました★ 詳細は事例集にて。
話変わりまして面白いコピペを見つけましたので紹介します。
なかなか考えさせられる内容です。
メキシコの田舎町。
海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも活きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの?」と尋ねた。
するとメキシコ人の漁師は、
「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。
アメリカ人旅行者が、
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、
メキシコ人の漁師は、
「自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だ」と言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの?」とアメリカ人旅行者が聞くと、
メキシコ人の漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。
戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって・・・
ああ、これでもう一日終わりだね。」
するとアメリカ人旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。
それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。
そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ。」
メキシコ人の漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね?」
「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね。」
「それからどうなるの?」
「それから?そのときは本当にすごいことになるよ。」
とアメリカ人旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ。」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て、日中は釣りをしたり、
子どもと遊んだり、奥さんと昼寝して過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって過ごすんだ。
どうだい?すばらしいだろう。」
メキソコシティは原文ママ。誰が作った文章なのかわかりませんが面白いよなぁ。
私は恐がりではありますが、幽霊を信じないというコトについては確かな信念を持っています。でもそういう話をする人ってこの年になっても周りにいるんですよね。流せる範囲ならいいんです。「幽霊だったらどうする?」って会話になっても「怖ッ」で済めばいい。ところがそれをマジで言ってくる人もいますよね。「自分は見た」とか「あなたには見えなくても確かにいるんだ」とか、本当にいるって意味で言ってくる人。
……もう、、すっごくつらい……カンベンして……。
そしてこういう人って絶対こっちの言ってることに耳を貸さないんですよね。だから何をいっても無駄。
科学的に証明できない系の話をすると→科学がすべてではない
のパターン。結局平行線のまま。
存在するなら、それは科学です。真実を追究するのが科学なのだから。だから科学は仮に幽霊がいたとしたら、それを認めるでしょう。つまり科学は幽霊を否定してないんです。ただ、いないものは認められませんよ、と言ってるんです。
それに対して幽霊いる派の人は科学の考え方そのものを否定してしまう。いったい科学をなんだと思ってるかわかりませんが。いるってことを誰もが納得できる形で証明できれば信じてもらえるのに、それをしようとしない。
だから私これ系の話になるのがきつい。わかってくれないからつらい。それでも私はいつも「どうやったらいないってコトを理解させることができるんだろう」と思ってしまう。いくら言っても無駄なのに、いつもそういうことを考えてしまうんです。ま、だいたい見える派の人は頑固なんでこっちの言うことは聞きませんが。
で、私こんなコトを思いつきました。
幽霊はいる派の人にぐいぐい言われたらこう返すんです。
「俺も幽霊が見えるようになったよ。
そんであなたの後ろであなたのご先祖様の幽霊が
あなたには見えないように現れているよ。
そんでそのご先祖様の幽霊が、
今後幽霊の話はするなって今言ってるよ。」
これに対して相手が
1.うそつくなよ
→なぜウソだと思うのか。証拠がないから信じられないというなら、
その人がいつもする幽霊はいるって話も証拠がない。
つまり、証拠がない話は信じないというのは当然の反応であるというコトを、
自分自身で体現しているコトになる。
2.わかったよ。じゃそうするよ
→まずいないでしょうが本気で幽霊を信じてる人。
であればこの人は今後幽霊の話はしないわけだ。(笑)
これで完璧!絶対今度は論破できるハズ!
だけど…。きっとこれでもわかってくれないんだろうなぁ…。
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